三沢光晴の思い出
中学の頃にプロレスファンだった。正確にはスーパーファミコンの
ファイアープロレスリングで「元タイガーマスク2代目」ということで
三沢を使っているうちに、本物を見たくてチケットとって観にいった
程度だった。
たまに地元に来る興業に、プロレス好きの友達と一緒に観にいったけど
緑色のタイツで身を固めた三沢光晴は、強くて印象的だった。
その頃のことは正直ほとんど覚えていないし、なんであの頃
プロレスに夢中だったのか、今ではよくわからないけど
多感な時期のヒーローが死んでしまうのは、悲しいというより
なにかまた思い出とつながっていた何かが欠け落ちたという
現実感のない虚脱感にかられたりするのである。
ファイアープロレスリングで「元タイガーマスク2代目」ということで
三沢を使っているうちに、本物を見たくてチケットとって観にいった
程度だった。
たまに地元に来る興業に、プロレス好きの友達と一緒に観にいったけど
緑色のタイツで身を固めた三沢光晴は、強くて印象的だった。
その頃のことは正直ほとんど覚えていないし、なんであの頃
プロレスに夢中だったのか、今ではよくわからないけど
多感な時期のヒーローが死んでしまうのは、悲しいというより
なにかまた思い出とつながっていた何かが欠け落ちたという
現実感のない虚脱感にかられたりするのである。
行動を伴わない提案は無益である
うちの会社は、他社と比べて営業が弱いという意見を技術者から聞いたりするんだけど
営業からみると、うちの会社は他社と比べて技術力が低いという意見になる。
僕は両方を見ているので、そのどちらも正しいと思うのであり
結論からすると、うちの会社は営業も技術力も弱いということになる。
ただし、そういった意見はどの会社にも大なり小なり出てくることで
営業が弱いと思ったら、開発業務をやめて自分で営業やればいいわけで
技術力が弱いと思ったら、技術力を高める行動を起こせばよいのである。
そういった行動が出ないということは
結局のところ現場で文句を言っているのが一番楽で
現場を遠巻きにして、デスマーチを眺めているのが一番楽なのである。
営業が弱いから改善すべきとかじゃなくて
自分が営業をやるかやらないかであって
つまるところどんな業務でもいいから
金を稼ぐか稼がないかにしか過ぎないだろう。
営業は仕事とれなければ会社にいられなくなるだけだし
技術者は仕事がなければただのコストにしかならないだけだし
経営者は運転資金を調達できなければ、取りつぶされるだけであって
誰もがそういうリスクの上で、仕事をしているにすぎない。
人の言葉を聞くのではなく、その人の行動とその結果を見ようと
心がけるようになった。
技術者だった時は、仕様書ばかり書いていたし
新規事業をやった時は、企画書ばかり書いていたし
営業をかじった時は、提案文書ばかり書いていたけど
それらすべてが、虚無だった気がする。今はとてもそう思う。
ドキュメントとか企画書とか内部資料などは
行動していない・利益を出していないという現実を隠すだけの
ただの虚無だということに気づく。
行動した結果を示していれば、誰もそんな虚無の紙を必要としないし
利益を出していれば、数字の見通しなどどうでも良いことになる。
僕は、結果を出していない・十分な利益を出していないという現実を
ひた隠しにするために、虚無の紙を作り続けていた気がする。
そういったことを考えるようになったのは
おおくの意見や不満を眺めていると
それらが「では自分は何をして何をもたらしているか」の問いかけに
自分の檻の中でしかそれを示していないことに
薄ぼんやりと感じるからである。
精神的牢獄とはこのことではないかと
最近は思うようになった。
営業からみると、うちの会社は他社と比べて技術力が低いという意見になる。
僕は両方を見ているので、そのどちらも正しいと思うのであり
結論からすると、うちの会社は営業も技術力も弱いということになる。
ただし、そういった意見はどの会社にも大なり小なり出てくることで
営業が弱いと思ったら、開発業務をやめて自分で営業やればいいわけで
技術力が弱いと思ったら、技術力を高める行動を起こせばよいのである。
そういった行動が出ないということは
結局のところ現場で文句を言っているのが一番楽で
現場を遠巻きにして、デスマーチを眺めているのが一番楽なのである。
営業が弱いから改善すべきとかじゃなくて
自分が営業をやるかやらないかであって
つまるところどんな業務でもいいから
金を稼ぐか稼がないかにしか過ぎないだろう。
営業は仕事とれなければ会社にいられなくなるだけだし
技術者は仕事がなければただのコストにしかならないだけだし
経営者は運転資金を調達できなければ、取りつぶされるだけであって
誰もがそういうリスクの上で、仕事をしているにすぎない。
人の言葉を聞くのではなく、その人の行動とその結果を見ようと
心がけるようになった。
技術者だった時は、仕様書ばかり書いていたし
新規事業をやった時は、企画書ばかり書いていたし
営業をかじった時は、提案文書ばかり書いていたけど
それらすべてが、虚無だった気がする。今はとてもそう思う。
ドキュメントとか企画書とか内部資料などは
行動していない・利益を出していないという現実を隠すだけの
ただの虚無だということに気づく。
行動した結果を示していれば、誰もそんな虚無の紙を必要としないし
利益を出していれば、数字の見通しなどどうでも良いことになる。
僕は、結果を出していない・十分な利益を出していないという現実を
ひた隠しにするために、虚無の紙を作り続けていた気がする。
そういったことを考えるようになったのは
おおくの意見や不満を眺めていると
それらが「では自分は何をして何をもたらしているか」の問いかけに
自分の檻の中でしかそれを示していないことに
薄ぼんやりと感じるからである。
精神的牢獄とはこのことではないかと
最近は思うようになった。
「Take Five」とウルトラセブンとアリナミンVのコマーシャル
小学生の頃、深夜に再放送していた「ウルトラセブン」を
眠い目をこすりながら観るのが本当に楽しみだった。
ウルトラセブンを観ている間に挟まれるコマーシャルで
アリナミンVのCMに流れている音楽が素敵で
それはホワホワとした綿毛のような音色の後ろで
ワルツみたいなリズムが刻まれる本当に不思議な曲だった。
ちょうどウルトラセブンに出てくる不可思議な宇宙人たちの
エピソードと相俟って、翌朝寝不足でボンヤリした頭に
その不思議な音楽と、きのうの宇宙人の話が巡り巡るわけだ。
その音楽が、Take Fiveという曲だと知ったのは
僕が大学に入ってジャズを演奏するようになってからであり
同時に父親がもっていたレコードで、同じ曲が流れたので
知ったのでもある。
それから、いろんなTakeFiveを聴いてみたのだけれど
あの深夜のウルトラセブンのコマーシャルを彷彿とさせる
TakeFiveがなかなかみつからず、そして今日にいたって
ようやくこれだというのがみつかった。
結局、TakeFiveを作曲したオリジナルを僕はいままで
聴いていなかったというオチだった。
The Dave Brubeck Quartet - Take Five (live 1961)
ちなみに、アリナミンVのコマーシャルまであった。
うむ、確かにこれだ。
眠い目をこすりながら観るのが本当に楽しみだった。
ウルトラセブンを観ている間に挟まれるコマーシャルで
アリナミンVのCMに流れている音楽が素敵で
それはホワホワとした綿毛のような音色の後ろで
ワルツみたいなリズムが刻まれる本当に不思議な曲だった。
ちょうどウルトラセブンに出てくる不可思議な宇宙人たちの
エピソードと相俟って、翌朝寝不足でボンヤリした頭に
その不思議な音楽と、きのうの宇宙人の話が巡り巡るわけだ。
その音楽が、Take Fiveという曲だと知ったのは
僕が大学に入ってジャズを演奏するようになってからであり
同時に父親がもっていたレコードで、同じ曲が流れたので
知ったのでもある。
それから、いろんなTakeFiveを聴いてみたのだけれど
あの深夜のウルトラセブンのコマーシャルを彷彿とさせる
TakeFiveがなかなかみつからず、そして今日にいたって
ようやくこれだというのがみつかった。
結局、TakeFiveを作曲したオリジナルを僕はいままで
聴いていなかったというオチだった。
The Dave Brubeck Quartet - Take Five (live 1961)
ちなみに、アリナミンVのコマーシャルまであった。
うむ、確かにこれだ。
【ウィスキー】OldParr(オールドパー)12年
ひいきにしている酒屋さんで、輸入ウィスキーが安かったので
Old Parr 12年を買った。

なんか注ぎ口が、ラムネサイダーのビー玉方式で栓がしてある。
最初、ボトルを傾けてもウィスキーが出てこなかったので
どうなってんだこれと思ったけど、ある程度垂直に近づけると
ウィスキーが出てくる。
味は深みがかった煙みたいな舌触り。
僕はウィスキーはもっぱら、ソーダ水とレモンのハイボールなので
深みがかった味をそれほど楽しんでいないと思うけど
ストレートやロックで飲むのに、ちょうどいいウィスキーでは
ないだろうか。
ちなみに、OldParr(オールドパー)は、注ぎ口のビー玉の有り無しを
玉付き/玉なしで呼ぶらしい。
隠微な表現だ。
Old Parr 12年を買った。

なんか注ぎ口が、ラムネサイダーのビー玉方式で栓がしてある。
最初、ボトルを傾けてもウィスキーが出てこなかったので
どうなってんだこれと思ったけど、ある程度垂直に近づけると
ウィスキーが出てくる。
味は深みがかった煙みたいな舌触り。
僕はウィスキーはもっぱら、ソーダ水とレモンのハイボールなので
深みがかった味をそれほど楽しんでいないと思うけど
ストレートやロックで飲むのに、ちょうどいいウィスキーでは
ないだろうか。
ちなみに、OldParr(オールドパー)は、注ぎ口のビー玉の有り無しを
玉付き/玉なしで呼ぶらしい。
隠微な表現だ。
朝日記をつけると良いらしい
ある部下は「僕は毎日、朝日記をつけています」と言っていた。
夜にブログや日記を書くと、ネガティブなことやマイナスなことや
悪口などを書いてしまいがちだけれど、朝にその日の目標とか天気とか
思ったことを書けば、気持ちがスッキリした状態で一日が始まると
言っていた。
確かに、僕は夜中にしか文章を書かない。
けれども、僕は鬱屈した気持ちを原動力に
仕事にまわしているのもまた事実である。
夜にブログや日記を書くと、ネガティブなことやマイナスなことや
悪口などを書いてしまいがちだけれど、朝にその日の目標とか天気とか
思ったことを書けば、気持ちがスッキリした状態で一日が始まると
言っていた。
確かに、僕は夜中にしか文章を書かない。
けれども、僕は鬱屈した気持ちを原動力に
仕事にまわしているのもまた事実である。
自由なき楽園の支配者
例えば、その人が本質としてどんな人間なのか知りたいと思うなら
目の前に「有り余るほどの時間と、自由な選択肢」を差し出してみると良いと思う。
その人が本当に、生産的で貴重な人間であれば
有り余るほどの時間と情報をもとに、市場に売り出せる「商品」を作り上げようとするだろうし
その人が、業務を処理するだけに過ぎない雇われ人であれば
「方針や指示系統の確率」などと称して、ありとあらゆる束縛を希望するだろう。
人がもっとも恐れるものは「自由」だとは思うのだけれど
その「自由」を恐れて、上位にそれを預けてしまってはいけないと思う。
「自由」と向き合い戦わないと、その人の市場価値は埋没していってしまう。
「管理とか指示系統とか方針」などといって、自由と向き合うことを
放棄してはいけないと思う。
特に経験と年齢を経れば経るほど、体制や管理の構築に依存するから。
それは便利で効率的で生産的ではあれど、それとひきかえに
人は確実に腐るから。
30歳になってみて、目に映る様々な人を眺めてみて
年齢の襞にたまりつつある、薄垢のような粘着化した思想
それがつもりつもると、廃棄物のような加齢臭を放つと思うと
これから先の10年間は、自由との戦いと、それからなにより
自分との厳しい戦いになると思った。
目の前に「有り余るほどの時間と、自由な選択肢」を差し出してみると良いと思う。
その人が本当に、生産的で貴重な人間であれば
有り余るほどの時間と情報をもとに、市場に売り出せる「商品」を作り上げようとするだろうし
その人が、業務を処理するだけに過ぎない雇われ人であれば
「方針や指示系統の確率」などと称して、ありとあらゆる束縛を希望するだろう。
人がもっとも恐れるものは「自由」だとは思うのだけれど
その「自由」を恐れて、上位にそれを預けてしまってはいけないと思う。
「自由」と向き合い戦わないと、その人の市場価値は埋没していってしまう。
「管理とか指示系統とか方針」などといって、自由と向き合うことを
放棄してはいけないと思う。
特に経験と年齢を経れば経るほど、体制や管理の構築に依存するから。
それは便利で効率的で生産的ではあれど、それとひきかえに
人は確実に腐るから。
30歳になってみて、目に映る様々な人を眺めてみて
年齢の襞にたまりつつある、薄垢のような粘着化した思想
それがつもりつもると、廃棄物のような加齢臭を放つと思うと
これから先の10年間は、自由との戦いと、それからなにより
自分との厳しい戦いになると思った。
後悔先に勃たず
有料エロ動画サイトの優良会員なので、回線とお金がもったいないから
とりあえず毎日何かしらをダウンロードするように心がけている。
なんとなく半分は義務感から、毎日なにかしらのエロ動画を
眺めているうちに、毎回観た動画の感想を書いて
アフィリエイトブログに書きためれば、多少なりとも
お金になるのではないかと思い立ち、別のブログに感想を
書き綴っていた。
先日、日々のアクセス解析の枯れ野原みたいな結果と
鳴かず飛ばずのアフィリエイト売上レポートと
夜な夜な真剣に感想文を書き綴っている自分に
少し疑問を感じ、アフィリエイトブログを消してしまった。
エロ動画のブログを削除してみると
毎晩「あぁ感想を書かなければなぁ」といった
ごく軽い強迫観念めいた重荷や
いっこうに売れないアフィリエイトを気にしながら
他のアフィリエイトエロサイトを研究するといった気苦労など
その他いっさいの重荷から解放され、心が軽やかになった。
エロ動画の感想アフィリエイトブログを続けていて
僕の人生にとって役に立ったことは、残念ながらなにもない。
強いてなにか得たものと言えば
「バカも休み休みにしやがれ」ということだけだろうか。
とりあえず毎日何かしらをダウンロードするように心がけている。
なんとなく半分は義務感から、毎日なにかしらのエロ動画を
眺めているうちに、毎回観た動画の感想を書いて
アフィリエイトブログに書きためれば、多少なりとも
お金になるのではないかと思い立ち、別のブログに感想を
書き綴っていた。
先日、日々のアクセス解析の枯れ野原みたいな結果と
鳴かず飛ばずのアフィリエイト売上レポートと
夜な夜な真剣に感想文を書き綴っている自分に
少し疑問を感じ、アフィリエイトブログを消してしまった。
エロ動画のブログを削除してみると
毎晩「あぁ感想を書かなければなぁ」といった
ごく軽い強迫観念めいた重荷や
いっこうに売れないアフィリエイトを気にしながら
他のアフィリエイトエロサイトを研究するといった気苦労など
その他いっさいの重荷から解放され、心が軽やかになった。
エロ動画の感想アフィリエイトブログを続けていて
僕の人生にとって役に立ったことは、残念ながらなにもない。
強いてなにか得たものと言えば
「バカも休み休みにしやがれ」ということだけだろうか。
上野公園桜祭りと上野の森美術館『写実画壇展』
上野公園の桜も満開である。西洋美術館で開催している
『ルーブル美術館展』を観にいこうと思ったけど
30分待ちの入場規制になっていた。館内は大変なことに
なっているとおもうと行く気がしなくなった。

静かで落ち着いたところで絵が見たかったので
無数の花見客の間を縫いながら、上野の森美術館の
『写実画壇展』に行ってみる。
国内の画家の作品が並んでいて、なるほど確かに
西洋美術館の西洋画や宗教画と比べると
インパクトが落ちるけど、日本の田園風景や動物の絵を
眺めていると、不思議と落ち着くのである。
美術館の外は桜を取り巻く酔客の群れでごった返しているが
上野の森美術館の中は、いつもと同じ雰囲気で
絵を楽しみに来ている人よりも、展示されている絵の方が多い。
ひどく落ち着く。
いつくか気に入った絵があって、ポストカードを1枚買って帰る。
美術館を出ると、美しい桜に群がる酔客が無数に目に入る。
桜は美しいが、それに群がる人は美しくなかった。

『ルーブル美術館展』を観にいこうと思ったけど
30分待ちの入場規制になっていた。館内は大変なことに
なっているとおもうと行く気がしなくなった。

静かで落ち着いたところで絵が見たかったので
無数の花見客の間を縫いながら、上野の森美術館の
『写実画壇展』に行ってみる。
国内の画家の作品が並んでいて、なるほど確かに
西洋美術館の西洋画や宗教画と比べると
インパクトが落ちるけど、日本の田園風景や動物の絵を
眺めていると、不思議と落ち着くのである。
美術館の外は桜を取り巻く酔客の群れでごった返しているが
上野の森美術館の中は、いつもと同じ雰囲気で
絵を楽しみに来ている人よりも、展示されている絵の方が多い。
ひどく落ち着く。
いつくか気に入った絵があって、ポストカードを1枚買って帰る。
美術館を出ると、美しい桜に群がる酔客が無数に目に入る。
桜は美しいが、それに群がる人は美しくなかった。

目黒川の桜を観にいってきた
目黒川に散歩に行った。川沿いの桜が満開だった。

目黒川のあたりは、桜を楽しむ散歩客が多い。のんびり散歩ができる。
花見をしている人もあまりいなくて、桜祭りといった雰囲気ではなかった。
中目黒まで歩いてくると、川沿いに屋台とかお酒が売っていて
人も増えて喧噪である。商売っ気があって賑やかだが、のんびり散歩
という雰囲気ではない。完全に桜祭りである。
道ばたの美容室までもが、ビールとかホットワインを店先で売っている。

池尻大橋のあたりまでくるとまた、少し閑散としてくる。
川一つとっても、周辺の住民やお店の雰囲気が全然違うので
ご当地の人たちにとっての「桜」が、それぞれなにを意味しているのか
想像しながら散歩するのも楽しいのである。

目黒川のあたりは、桜を楽しむ散歩客が多い。のんびり散歩ができる。
花見をしている人もあまりいなくて、桜祭りといった雰囲気ではなかった。
中目黒まで歩いてくると、川沿いに屋台とかお酒が売っていて
人も増えて喧噪である。商売っ気があって賑やかだが、のんびり散歩
という雰囲気ではない。完全に桜祭りである。
道ばたの美容室までもが、ビールとかホットワインを店先で売っている。

池尻大橋のあたりまでくるとまた、少し閑散としてくる。
川一つとっても、周辺の住民やお店の雰囲気が全然違うので
ご当地の人たちにとっての「桜」が、それぞれなにを意味しているのか
想像しながら散歩するのも楽しいのである。
人はナマモノ 温室に捨て置けばすぐ腐る
今年も新人研修を担当しているのだけれど、入社して1日2日目あたりの
緊張している彼や彼女らの緊張をほぐして居場所を見つけてあげるという
作業は毎回なかなか楽しいのである。
しかし、1年前の新卒が、生ぬるい現場で過保護に育てられたからか
1年見ない間にすっかりフヌケになっていたのがショックである。
研修中の成績は良かった彼が、なぜ現場で精神が鍛えられなかったのか
獰猛に仕事をぶんどってくる心意気が、ポッキリ萎えてしまったのはなぜだろうか。
やはり適切な修羅場と、心地よいくらいのデスマーチを断続的に経験させるか
定期的な教育を継続させないと、若い技術者はあっという間に腐るということが
よくわかった。
問題なのは、彼や彼女の才能や将来性を食いつぶしている
まわりの環境なんだろうけど。そっから抜け出せない本人にこそ
一番問題があると僕は思う。
緊張している彼や彼女らの緊張をほぐして居場所を見つけてあげるという
作業は毎回なかなか楽しいのである。
しかし、1年前の新卒が、生ぬるい現場で過保護に育てられたからか
1年見ない間にすっかりフヌケになっていたのがショックである。
研修中の成績は良かった彼が、なぜ現場で精神が鍛えられなかったのか
獰猛に仕事をぶんどってくる心意気が、ポッキリ萎えてしまったのはなぜだろうか。
やはり適切な修羅場と、心地よいくらいのデスマーチを断続的に経験させるか
定期的な教育を継続させないと、若い技術者はあっという間に腐るということが
よくわかった。
問題なのは、彼や彼女の才能や将来性を食いつぶしている
まわりの環境なんだろうけど。そっから抜け出せない本人にこそ
一番問題があると僕は思う。



